もう一つの聖母像                 目次に戻る


 西暦20××年。地球を間近に望む宇宙空間に一艘の大型宇宙船が静止していた。船腹には不思議な文字で「メイフラワー号」の名が読み取れる。その船内にはシンプルな聖堂があって敬虔な祈りに満ちていた。ちょうど礼拝が始まるところだ。祭壇に登った牧師は、信者たちに向かって両手を高く掲げ、厳かにして深遠なる説教を始めた。
【 牧 師 】皆さん。私たちは、祖国の星での弾圧から逃れ、新天地を求めて宇宙の荒野を旅して参りました。私たちは今遂にその新天地に辿り着いたのです。銀河系太陽系第三惑星(地球)という素晴らしい土地であり、先住民として地球人が棲んでいることが判明しました。彼らとどのようにして平和共存すべきか、彼らをどのように教え導くべきか、皆さん、共に語り合おうではありませんか。折しも、伝道師たちが相次いで地球から帰還したところであります。彼らから報告を受けましょう。

【 A伝道師 】報告します。私は南欧、東欧、ロシア、南米などにある全ての聖堂に潜入したのですが、あっと驚きました。どこの聖堂にも、私たちの星にある聖母像とそっくりの聖母像が、見上げるばかりの高さに描かれているのです!ただ一つ違うのは、何故かこれらの聖母像はイエスという赤子一人をひしと抱きしめているのです。

【 牧 師 】それは驚きです!もとより私たちは、聖母像を崇拝する腐敗した教会に抗議し、それがために弾圧されて祖国の星を出たのでした。その聖母像が地球にもあるとは!私たちの星にある聖母像は、全宇宙を創造した聖母であり、その胸に全宇宙を抱擁したお姿で描かれているのに、地球にあるもう一つの聖母像はイエスのみを抱擁するのですか?この星のムハンマドや仏陀や生きとし生けるもの全てを抱擁する聖母像ではないのですか?それなら我が子のみ可愛いがる普通のママと同じではありませんか!

【 B伝道師 】報告します。地球の聖母らの教えは、強い国においては、選民意識を与えて、より傲慢な国へと増長することに役立ちます。その教えは、政治権力者や宗教団体にとっては、大多数の地球人を支配するのに役立ちます。その教えは、「天国」というものを夢見させ現実の不幸を諦めさせるのに役立つので、麻薬と同じだと言う者もおります。その教えは、信者たちにとっては、自分たちより優れた者を神に反する悪者として抑圧するのに役立ち、衆愚支配を招きます。その一方、強者に追従するよう教えるので奴隷道徳だと言う者もおります。その教えは、仲間には同胞愛を仲間でない者には憎悪を説くのです。最近、この聖母らの宗教と他の宗教とがせめぎ合い、「宗教の衝突」も生じています。宇宙新時代には、私たちの聖母のように全宇宙を抱擁する宗教が必要なのです。そのことに地球人たちは未だ気付いていないのです。一部の地球人たちは、今やっと素粒子物理学や相対性理論を知るに至り、ビッグバンを始めとする宇宙の成り立ちを理解し始めたところです。これらの科学者たちは、地球人たちに大いに信じられておりますので、新たな宗教の創造者となりつつあります。

【 信 者 】皆さん!一体全体この地球は、私たちが新天地とするのに相応しい土地なのでしょうか?全宇宙の博愛を求める私たちが、卑小な地球人との平和共存を試みたところで、かつて私たちが祖国の星で受けたあの弾圧の歴史を、再び繰り返すのではありませんか!かつてギリシアの土地で人々を支配した世界観はギリシア神話として今に名をとどめています。いま欧米を支配している聖母たちの教えも、やがて欧米人の神話となって役割を終えるでしょう。それまでには厖大な時間を必要とします。それを待つよりも、私たちは、地球よりももっと開化した星を捜す方が賢明でありませんか。皆さん!

 宇宙船は早々と方向転換をすると、再び新天地を求めて「地球」から去っていった。

     青森県医師会報 平成24年12月 595号 掲載


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