聖火と戦火                  目次に戻る


 西暦20xx年△月△日、正午。日本は再びの「東京オリンピック大会」に沸き立ち、今まさに世紀の開会式が幕を開けようとしていた。約束された日本晴れのもと、新設成った円形の「新国立競技場」は割れんばかりの歓声に沸いていた。
 中央特別席には、天皇・皇后両陛下はじめ世界中の国家元首が居並び、その陣容は圧倒的なものであった。その後列にIOCのお歴々とともに、多くの大会関係者が列席していた。彼らにとってその胸中に湧く感慨は並々ならぬものであり、その中でも大物政治家K氏の感慨はもう無量のものであったのだ。彼は、若き頃の東京オリンピックをテレビに齧り付くようにして目撃した。それは彼にとって生涯忘れ得ぬ感動であったのだ。そして政界の大物となった今、あの感動をもう一度自分の力で再現したいと願い、老体をムチ打ったのも当然のことであったのだ。
 そもそもオリンピックは、いつの時代でもその国際情勢のもとにあって、国威発揚の場とされ、ビジネスの場とされてきた。競技するアスリートたちとともに、政治家や経済人も大騒ぎだ。それは名誉と大儲けのビッグチャンスなのだから。そんな状況は今大会も同様であり、政財界が一丸となって東京五輪の名乗りを上げる頃から、K氏の周辺は慌ただしかったのだ。
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 K氏は、晴れがましい特等席に就いて、来し方行く末に想いを巡らしていた。彼は、少しお歳を召したし、多彩な接待や宴会が続いて大いに疲労が溜まっていた。真夏日の強い日差しの中で早めに席に就いたせいか、のぼせて気が遠くなってきた。それで、よりによって人生最高のこの時に、最高の席に就いているのに、居眠りを始めてしまい、白昼夢に落ちて行ったのだ。K氏に去来する夢は、やはり他ならぬこの東京オリンピック開会式そのものの夢であった。
 その夢の中で、パンパーンと狼煙が上がると、いよいよ選手団の入場だ。「新東京オリンピック・マーチ」の演奏に乗って、国旗を掲げた旗手が先導して来た。ギリシアを先頭にして、全ての国が、国名のアルファベット順に入場するのだ。だが、今回のその異様な光景に、K氏は思わず目を見張った。
 先ず、A国の選手団の入場だ。彼らはカウボーイや保安官の姿をし、後方にステルス機が滑走しその上空にオスプレイが滑空し、その背後には世界最新最強の軍備が垣間見える。C国の選手団は、「戦勝抗日戦パレード」の服装で、南沙諸島についで東京湾を埋め立てようとスコップを背負い、耳目を塞いで入場だ。その後方には、A国まで届く移動式弾道ミサイル「東風31号」、「巨浪2号」などが続々と列を作っている。D国の選手団が入場すると、ネオ・ナチの観客らが、「ハイル!ハイル!(ナチス万歳)」と叫んで熱烈に鉤十字の旗を振っている。K国の選手団は、華やかな美女軍団に先導され、一糸乱れぬ隊列を保ち、その後方に「テポドン」や移動式弾道ミサイル「ムスダン」を引き連れていた。R国は、P大統領自ら筋骨隆々の体で旗手を務めている。立派な体格の選手団の後には薬の箱が落ちているし、その後に世界最多数の核兵器を連ねている。その他の国々も、選手団のあとには、サリン毒ガスの化学兵器だったり、炭疽菌の生物兵器だったり、「貧者の核兵器」を大事そうに引きずっていた。いよいよ最後に真打ち日本選手団の登場だ。先導の旗手が日章旗でなく旭日旗を掲げ、深紅のブレザーに身を包んで堂々の入場だ。
 全ての選手団が入場し、その全景を見渡したK氏は、異様な緊迫感を感じた。円形競技場の東側半分にC国、K国、R国などの社会主義国の選手団と観客が陣取り、西側半分にA国、D国、日本国などの資本主義国の選手団と観客が陣取っていた。それぞれが陣地を奪い合いながら対立を深めていた。新たな東西冷戦の構図なのだ。
 K氏は、早大出身なので、二つに分かれた円形競技場から連想して、かつての早慶戦を思い出してしまったのだ。K氏の夢の世界は、遠く昭和18年11月、新宿区戸塚の「早大野球場」へ飛んでいた。
 太平洋戦争激化のため、その頃既に学生野球は解散させられていたものの、出陣学徒への「はなむけ」として戦前最後の早慶戦が実現したのだ。壮行試合は、慶大先攻で開始し、早大の一方的リードで終盤戦を迎えていた。早大応援団から「頑張れ、頑張れ、ケイオー!」の声援が飛んだ。慶大応援団からは「アリガトー!」の応酬が飛んでいた。突然、何処からともなく「海行かば」の歌声が沛然と湧き上がり、球場を圧した。もはや敵も味方もなく、往く者すべてが戦友であった(早大野球部史)。K氏は時代のうねりに眼を回してしまった。

 すると、日本晴れは一転にわかに掻き曇り、ゲリラ驟雨に見舞われた。雨足が弱まって雨滴の向こうを見渡すと、K氏の夢の世界は、遠く昭和18年11月、「明治神宮外苑・国立競技場」に飛んでいた。K氏は、文部省主催による太平洋戦争出陣学徒の壮行会会場の壇上に列席しているのだった。太平洋戦争の戦況悪化のため、大学・高専の学徒は理工系を除き既に徴兵猶予が廃止されていた。これから13万人の学徒が出陣するところだ。秋雨の中、全国の学徒らが、制服制帽姿で足にゲートルを巻き、三八式歩兵銃を胸に抱き、校旗に先導されて円形競技場を行進していた。気づくとK氏の隣には、東条英機首相らが林立し閲兵をしている。観客席を埋めた6万5千人の在学生や家族は、出陣学徒を送るために、「紅の血は燃ゆる」を渾身で歌っていた。

 混乱を極めたK氏の夢は、再び「新国立競技場」へ戻ると、もはや脈絡のない連想ゲームと化していた。ギリシアからやって来た聖火は、聖火台を駆け登ることなく、東京大空襲の遺体の山へ向かって行って荼毘の火となった。そもそも「聖火」は「戦火」の美辞なのだ。天皇陛下が開会を宣言するはずが、昭和天皇が詔書を読まれている。「耐ヘ難キヲ耐へ、忍ビ難キヲ忍ビ・・・」。荘厳なファンファーレのはずが、突撃ラッパが吹かれ、全人類の理性を麻痺させるかのように響き渡った。平和の象徴の鳩が放たれるはずが、カラスとハゲタカが群舞している。オリンピック憲章を謳い上げるはずが、おどろおどろしい呪文が聞こえる。「捕虜を拷問するな。クラスター爆弾、地雷および生物・化学兵器は使ってはならない。核兵器はこの限でない・・」。にわかにジェット機の轟音が天空を引き裂いた。ブルーインパルスが五輪のマークを空に描くはずが、大型爆撃機B29「エノラ・ゲイ」の襲来だ!突然、閃光が走り、激烈な爆風に吹き飛ばされたK氏は、もんどり打ってひな壇から転げ落ちた。遙か天空にはキノコ雲が立ち昇った!
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 居眠りの姿勢が悪かったK氏は、椅子から滑り落ちて尻餅をつき、白昼夢から覚めた。
 既に開会式は終了し、選手団は、新設成った破格値の「円形競技場」を見物しながら、緩やかに退場を始めていた。その様子はK氏の脳裡に更なる連想をもたらした。K氏の空想は、かつて視察に訪れたローマの「円形競技場(コロッセオ)」へ飛んだ。
 ローマのコロッセオと「新国立競技場」はどこか似ている。そんな独善的な妄想がK氏の脳裡をよぎった。コロッセオでは、奴隷を使って裕福な暮らしをするローマ市民が、皇帝の指示の下、奴隷と奴隷を命賭けで戦わせ、その生死を見て喝采を挙げたという。かつて、荒野に立ったイエス・キリストは、粗末な衣を纏い、「人はパンのみにて生きるにあらず」と説いたのに、繁栄の都ローマの皇帝は、富を蓄積しながら、「民衆はパンと見世物があれば良い」といった。ローマ市民の望みとは見世物ほどのものなのか?現代人は、自分が満腹すれば、後はプロ・スポーツに拍手喝采している。古代ローマ人も現代人も代わり映えしないのだ。
 コロッセオの奴隷たちは、自分が生き残るために、戦いを強いられた。学徒を始め、出陣した兵隊の方々は何のために闘ったのか?歴史の大津波から家族を守るために戦いを強いられたのだ。オリンピックのアスリートたちは何のために闘うのか?クーベルタン男爵はオリンピック精神を「より早く、より高く、より強く」と言った。それでは軍拡競争や核兵器開発の目標と同じではないか。アスリートたちは、人と競ってより速く、より高く、より強くなって、それで何をしようというのだ?「スポーツマンシップに則り、正々堂々と闘うことを誓って」、それで世界平和が来るというのか?彼らは、金メダルが決まった瞬間に、国旗を纏って会場を走り乱舞して感涙する。高らかに国旗が掲揚されると、彼らは胸を張って国家に貢献した事を誇り、大勢の見物人の面前でガッツポーズをとり、自身が最強であることを誇示する。その金メダルと戦勝武勲の勲章と、どこが違うのか?国と国がメダルの数を競って、それが何の役に立つのだろう?
 そもそも、なぜ勝たなければならないのか?例えば、人類の敵である感染症と闘うとか、人類の貧困と闘うなら立派なことだ。しかし、人間同士が闘ってその序列を決めることに何の意味があるのだ。人類が好戦的である限り、地上に「円形競技場」が作られ続けるだろう。そうして地球が月みたいにクレーターだらけの「死の星」になってしまう。
 政治家K氏の晩年の尽力は何であったのだろう?それを自問する気力はもう残っていなかった。

     青森県医師会報 平成28年10月 641号 掲載

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