生きた証                   目次に戻る


 西暦20xx年。地球を間近に望む宇宙空間を一艘の小型宇宙船が高速で移動していた。その船内には二人の宇宙人が居て、興奮したやり取りを交わしていた。

【操縦士】船長!今度こそ本物ですよ。銀河系太陽系第三惑星(地球)から、生命の存在を示す証拠が次々と届きます。何しろ、望遠テレビ画面には、タイムズ・スクエアの様子が見え、「今は大晦日の夜の11時57分である」という秒読みが聞こえて来るんです。もう大騒ぎする群衆の声でスピーカーも割れんばかりですよ。きっとこの星のあちこちで新年を迎えるカウント・ダウンに入ったのでしょう!
 地球人は西暦を使いますが、我々はビッグバンを元年とする宇宙歴を使いますので、これに換算すると137億○○○○万20xx年が今まさに終わろうとしているのです。あと数分もすれば、新年の地球の夜空に、我々は颯爽のデビューを果たすことになります。
 スリー、トゥー、ワン、ゼロー!
 ああ船長、ご覧下さい!地球のあちこちから、無数の花火が打ち上げられました。まるで「花火大会」ですね!
【船 長】そうか!これなら確実だ。今一度ここで、我々の任務を確認しておこう。そもそも、我々の体はこれまで無尽の生命力を保持して来たが、遂に遺伝子の疲労が現実のものとなり、急激に生命力を失いつつある。それで我々は、宇宙の中に他の生命体を見い出し、その遺伝子を得て帰国するよう下命されて来たのだ。この第三惑星こそは希望の星なのであろう!それでは、打上げ花火に打ち落とされないよう、注意して着陸しなさい!
 
 小型宇宙船は遂に地球上に着陸を果たした。しかし二人が船外に降り立つと、地表は見渡す限り荒漠たる焼け野原であり、放射線探知機がけたたましい警戒音を発していた。
【操縦士】船長、大変です!地表は強度の放射線に満ちています。この様子からすると、地球人たちはとうとう核戦争のボタンを押してしまい、地上のあらゆる国や民族が滅び去った後のようです。あの「花火大会」のように見えたのは、実は核戦争の始まりと終わりだったのでしょう!
【船 長】君の言うとおりだ。時遅し、全てが灰燼に帰してしまった。我々がキャッチした「大晦日のカウント・ダウン」というのは、あれは地球人の科学雑誌社が「地球滅亡までの残り時間」を象徴的に表した「終末時間」という警告だったのだ。今が丁度、新年午前0時という訳だ。何と正確なことか!
 地球人を始めとする全ての有機化合物が焼け落ちてしまったが、微量であれ地球人の遺伝子は見付けられないものか。おや、あちこちに散乱する大小の四角い金属の板は何だ?地球人が好んで使うタブレット端末ではないか?おお、それらは微弱な電磁波を出している。すぐに受信して解析しなさい!
【操縦士】はい船長。例えばこのiPadを解析してみますと・・・、これはK医師の持ち物ですが、デジタル書籍の「三省堂:名歌名句辞典(佐々木幸綱編)」をダウンロードして読んでいたようです。
【船 長】そうか。この本を見ると、この国の者たちは、生きる瞬間を、五・七・五の形に書き残すことを趣味にしていたようだ。あたかもカメラマンが、五感を研ぎ澄まして、自分が「今ここに居る」その瞬間を写し取るみたいだ。どれどれ、
「なの花や月は東に日は西に」(蕪村)
 おお、太陽系の天体運行を壮大なスケールで描写しておるな!
「生きかはり死にかはりして打つ田かな」(村上鬼城句集)
 おお、地球人の習性を捉えて見事だ!そもそも、彼らの歴史は戦争の連続じゃないか。彼ら地球人たちは、業のように銃火や砲火を撃ち続け、核ミサイルを発射して、とうとう滅びたのだ。おお、ワシも一句出来たぞ!
「生きかはり死にかはりして撃つ火かな」(船長)
 この句も地球人の習性を捉えて見事だ!
 もとより、宇宙の物質は全て素粒子から成り立ち、それら天文学的数の素粒子は絶え間なく衝突し、集合と離散をくり返して一瞬も留まることがない。宇宙とは、例えて言えば「広大な三次元空間における天文学的数の素粒子を用いて行うビリヤード」のようなものなのだ。全てのものが、ビッグバンの一撃から137億年余り経った、今一瞬の姿であるに過ぎない。
 その中にあって、我々の命も地球人の命も一個の泡がはじける位に儚い。それでも、一瞬の命が自身にとってスターマインの大輪の花火のようであって欲しいと、誰しもが願うであろう。だがそうした「生きた証」を求める営みが、いつの間にか戦争につながって行くのは何としたことか!この星の上に炸裂した一瞬の「花火大会」が、地球人たちの「生きた証」であったのだよ・・・。

【操縦士】船長、大変です。放射線の被曝量がもう限界です。一刻も早く地球を離れなければ、我々の遺伝子も危険です!
【船 長】そうか。我々の技術を持ってすれば、滅んだ地球人の遺伝子を修復して、今一度だけ地球人を再生することは可能だ。しかし、そうしたところで、彼らは再び戦争を始めて自滅の道を辿るのが必定だ。そんな夥しい不幸な命を再び生じさせるような権利も義務もワシにはない。彼らの運命も我々の運命も、全てあのビリヤードの行方次第なのだ。
 ただ、確かに言えることは、彼らの好戦的な遺伝子を我々の遺伝子の中に取り込むことだけは断じて防がねばならない。我々は直ちにこの地を去る!次の星へ行こう。次こそは、お互いを高め合える遺伝子に出合いたいものだ!
【操縦士】はい船長!

 小型宇宙船は、放射線を振り払うかのように急上昇し、宇宙空間へ消えて行った。

      
青森県医師会報 平成29年 7月 650号 掲載



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