認知症はプレゼント?             目次に戻る

 その患者さん(Kさん)は、かつて太平洋戦争に出征され、戦地で阿鼻叫喚の地獄を経験された方でした。九死に一生を得て帰還されたのですが、強度の心的外傷を負っていて、その余生は辛いものでした。夜中にしばしば悪夢を見ては、大きな声で戦友の名前を呼び、
「逃げろ!、大丈夫か!済まぬ!許せ!」
などと叫びながら、寝汗いっぱいで起き上がるのでした。戦地の有様がいまだに悪夢となって襲来するのでした。
 やがてKさんに少し早めの認知症が始まりました。今さっき食べたご飯を忘れ、やがて遠い昔の思い出も忘れて行きました。それと供に、戦地の有様を訴え続けた険しい表情が消え、喜怒哀楽の表情も消え、まるで能面のようになって行ったのでした。また同時に、悪夢を見ることも、経済的な生活苦に悩むことも、他の病気で死期が近いと恐れることすらも、みんな無くなって行ったのでした。
 認知症の患者さんは、「嫁に財布を盗られたり、身に覚えのないことで叱られたり、堪忍袋の緒の切れることが多くなったり、お日様やお月様の動きが変になったり、亡者や魑魅魍魎と出合ったり」と、それぞれの苦境や迷宮の中におられます。
 でも、そんな苦境に入ることと引き替えに、過去から解放され、迫り来る死の恐怖を知らずにいられるのです。もし家族のために社会のために重責を背負って来られた方が、認知症の境遇に入ることで、背の荷物を降ろし笑みを浮かべられたら、「ご苦労様でした」と感謝したくなります。
 その意味で「認知症は神様からのプレゼント」だと言われ始めています。それなら、「これに邪魔する治療は控えるべきかも知れない」という独善的な考えすら医療者の脳裡をかすめます。一方、自宅で介護される家族の方にとっては多難な日々が続きます。
 Kさんはやがて他の病気で亡くなられたため病理解剖が行われました。その大脳の状態を顕微鏡で見たら、脳の神経細胞が大分無くなっていたそうです。
 もし詩的に言うならば、Kさんは、戦争の恐怖を叫び続けたまま、少しずつ消えて行き、末期には抜け殻の体を残したまま、既にこの世を去っていたと言えます。
 神に愛された魂は体より先に昇天すると思えば良いのかも知れません。

     八戸市の月刊誌「うみねこ」2014年 2月 582号 掲載


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